現場主導で挑むAI変革
いま組織が進化を迫られるチェンジマネジメント
2025.09.08
いまやビジネス現場で急速に活用が進んでいるAIテクノロジー。様々な業務アプリケーションやシステムにも標準でAI機能が組み込まれるようになりました。
AI活用が広がりを見せる一方、現在企業課題となっているのは、AIを活用して企業・組織そのものを変革していくAIトランスフォーメーション(AX)がなかなか進まないことです。
そうしたなか、AKKODiSコンサルティングは2024年よりMicrosoft 365 Copilot(以下、M365 Copilot) とMicrosoft Power Platformを活用したDX戦略プログラムを社内で展開。トップダウンでの改革ではなく、現場自らがAIを活用してトランスフォーメーションしていくという180度転換したマインドチェンジにより、成果を上げています。こうした実績を踏まえ、AX推進に向けていまこそ企業が取るべきアプローチについて、AKKODiSコンサルティング 取締役 兼 COOの伊佐俊紀、Cloud & AI Solution本部 副本部長の禹相太(ウ・サンテ)が、日本マイクロソフト 執行役員 常務 コーポレートソリューション事業本部長の小林治郎氏を招いて語り合いました。
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日本企業でAIを活用した変革が進まない理由

日本マイクロソフト 執行役員 常務 小林 治郎氏
伊佐俊紀 [以下、伊佐] :経済産業省が発表しているDXレポートによると、日本企業のDX推進は依然として進んでおらず、特に経営層の理解不足や人財不足などの問題点が指摘されています。小林さんは、企業のAI活用の状況についてどのように見ていらっしゃいますか。
小林治郎氏 [以下、小林]:AIについてはもはや「使うか使わないか」ではなく、「いつ使い始めるのか」というフェーズにあると思います。私自身、日常的に「M365 Copilot」を使っていますが、もはやこれがないと仕事にならないほど生産性が劇的に上がりました。
ただ、「どうやって使えばいいか」という点について思い悩んでいる企業が多いのも事実です。AIを活用しているという企業も、ほとんどは検索代わりにAIを使っていることが多く、「業務効率の成果や投資効果が見えない」というのが正直なところではないでしょうか。AIを活用した企業変革は、AIの活用成熟度に応じてレベルが上がっていきますが、ほとんどの企業の活用成熟度は初期レベルくらいだと思います。
伊佐:なぜ日本企業はAIを使いこなせないのでしょうか。
小林:原因の1つに、AI活用が経営課題として認識されていないという理由があります。さらに踏み込んで言えば、AI活用が情報システム部門主導で行われているため、企業内にも現場にも「変革していく知見が蓄積できない」という点が大きいと感じています。
先ほど「AI変革には活用成熟度に応じたレベルがある」と話しましたが、レベルが上がるにつれ、「組織自らが変革していく」という自発的なプロセスが生まれてきます。なぜなら、AIは人間ができることを“拡張”するためのものだからです。AIエージェントがまさにそうなのですが、「課題解決を目指すなかで、AIを活用してやり方を改善するためにエージェントを作る」という時代がやってくるのです。
もともと日本企業は現場で改善を積み重ねていくことが得意でしたが、ITに関しては情報システム部門が主導で、「現場は与えられたツールを使う」という考え方が定着していて、ここにギャップがあると思います。
禹相太 [以下、禹]:私も同感です。小林さんがおっしゃるように、AIは「ユーザーの能力を“拡張”する」もので、そこが従来のITツールと大きく異なります。
これまでのDXやIT変革は、現場のためというより経営層のための改革で、人・モノ・金をどれだけ最適配分できるかに主眼が置かれていました。AIもこれと同じ文脈で語られることが多いのですが、一方は「経営層のための効率化」であり、AIは「ユーザー自身や現場の能力を向上させる」という点で大きな違いがあります。AIを活用した場合、社員一人ひとりのROI(投資収益率)がどれくらい向上しているのかが把握しづらいため、経営層としてもAI導入の成果を実感しにくいのだと思います。
ただビジネス環境の変化がかつてないほど速い現在、トップダウン型の意思決定では現場の対応が追いつきません。そうした意味でAIの活用は待ったなしの状況ですし、「現場主導型DX」を企業全体に根付かせることが必要だと思います。
自律的に変革するための「DX戦略プログラム」とは

AKKODiS 取締役 兼 COO 伊佐俊紀
小林:AKKODiSの皆さんもAIを活用したDX戦略プログラムを立ち上げられましたが、こちらはどのような取り組みなのでしょうか。
伊佐:前提として、我々もAIについては「使うことが目的」ではなく、「目指すビジョンに向けて加速するためのツール」と捉えています。この考えのもと、中期経営計画をアップデートする際にAIを事業計画に組み込んで戦略プログラムとして進めていくことを決定しました。
特徴は、プロジェクトではなく“プログラム”という点です。AIを活用した業務変革を行おうとすると、どうしてもデータ基盤の整備など、大がかりなシステム刷新が避けられません。一方で、システム刷新の完了を待っていては、変化の速いマーケットに追従していけないというジレンマがあります。
そこで私たちは、システム刷新を含めた大規模な「業務プロセスの改革」と並行して、AI活用による短期間での生産性向上に取り組みました。具体的には、すぐに成果が出せるいくつかの業務において、「Quick Win」と称するAIを活用した業務改善プログラムを実施したのです。
ただし業務を改善するには、ユーザー自身の「業務の生産性を高めよう」という意識改革が必要不可欠です。そこで、意識改革を実現するための「組織変革」も併せてプロジェクトとして立ち上げました。これら3つのプロジェクトを三位一体として推し進めているのが、当社のDX戦略プログラムの中身です。
小林:基盤の整備、組織変革、早期の成果達成を同時に進められたわけですね。
伊佐:おっしゃるとおりです。そのため従来の開発プロジェクトのように要件定義から順を追って進めることは難しく、プログラムと設定しました。また、成果を出しながら進めることで、現場でのAI活用が促進できると考えました。というのも私自身、以前は情報システム部の責任者で、当時から「システムは導入が目的ではなく、定着して効果が出て初めて意味がある」という考えがあり、トップダウン型の改革に限界を感じていたのです。今回「現場主導の改革」がうまく進められた要因として、この取り組みに経営がフルコミットした点は大きかったと思います。
小林:まさにAI活用を経営戦略と捉えて全社で取り組んだということですね。
伊佐:AKKODiSの強みは「現場力」です。だからこそ、従来のトップダウン型DXではなく、禹が話した現場主導型DXを進めていく環境をどうすれば構築できるか真剣に考えました。
そこで全社導入したのがM365 Copilot、それにローコード業務アプリ作成ツールの「Power Apps Premium」、業務自動化ツールの「Power Automate Premium」です。Microsoft製品は経営層から現場まで全社員が慣れ親しんでおり、M365 Copilotは日常的に利用しているOfficeやTeamsと親和性が高いので即決でした。
また、ノーコード・ローコードの代表格であるPower Platformは、現場の非エンジニアでもアプリ開発や業務フローの自動化が可能で、現場主導のデジタル変革を実現できる点で選択しました。あの時にスピーディに導入を決断したのは、いま振り返っても正解だったといえます。
現場自らが「AIを活用したい」と思える環境づくりが鍵

DXプログラムをリードした、AKKODiSの禹相太
小林:Quick-Winをどのように進め、これまでどのような成果が上がってきたのかも教えてください。
禹:DX戦略プログラムで、最初に着手したのがQuick-Winでした。ユーザー主導型でAIを活用するには、ユーザーが自ら「活用したい/しなければ」という内発的動機を奮起するような環境を準備する必要があったからです。
Quick-Winは、ライセンス購入後3カ月以内に何かしらの業務成果を創出・共有することを目指した取り組みです。成功事例を共有することで「いろいろなことができるんだ」と理解を深めてモチベーションを向上させることが目的でした。
社長の川崎や伊佐など経営層のコミットメントのもと、本部長クラスの人財が集まった運営委員会をつくりました。そこに営業や人事、会計、情報システム部門、ガバナンス、セキュリティ、既存インフラの管理部門などに参加してもらい、取りまとめのために「DX戦略プログラムチーム」をつくって連携を密にしながら情報を共有する体制を整えました。同時に各業部門側に改革のリーダーをアサインしてもらいました。
小林:理想的な体制ですね。
禹:そこでまず行ったことが、「日々面倒だと思っていることを全部書き出してほしい」という業務部門へのお願いです。すると「管理用のExcelシートが多すぎて煩雑」「システムに四重入力している」等々、想像もつかないような非効率な業務があちこちで存在したことがわかりました。そうした面倒な課題を、Power PlatformやM365 Copilotで解決していきました。
その1つが粗利シミュレーションです。当社の事業はSES派遣業やコンサルティング、教育など多岐にわたっており、契約形態も複雑だったので、数十種類ものExcelフォーマットをもとに収益構成の算出ロジックを使っていました。そこでPower Appsで算出ロジックを1つのアプリにし、計算やシミュレーションを行えるようにしました。以前は20ファイルくらいのExcelをマージしていろいろ処理していたのですが、誰もがアプリで簡単にシミュレーションできるようになったため、経営判断のスピードも上がりました。
その結果、目視確認かつエラーチェックで多く発生していた時間が削減され、業務リードタイムが5%削減し、また新しく着任する担当者に対する教育コストの削減効果も期待されております。
データ基盤整備でも大きな効果が出ています。DataverseとPower BIで顧客データ分析基盤を整備したことで、これまで基幹システムから必要なデータを探し出していた手間を省略し、分析や営業資料作成工数を大幅に削減できました。年間8300時間・3000万円のコスト削減効果を得られています。
同じく基幹システムでは対応が難しかった複雑かつ多岐にわたる請求処理申請プロセスも、Power AppsとPower Automateで大部分のプロセスを自動化し、ヒューマンエラーを削減し、請求データの一元管理ができ、年間7500時間・2500万円のコスト削減を実現しました。
小林:AI活用に当たっては、データの蓄積・管理体制をどうするかが大きな問題になりますよね。これまでは、クラウド化を進める要因として安全性や運用負荷軽減、セキュリティの観点が挙げられていましたが、AI活用が前提になると、「オンプレミスのどこかにデータがある」という状態では活用できません。AI活用はデータガバナンスや組織ガバナンスにつながっており、組織のチェンジマネジメントが必要になるわけです。
禹:ガバナンスの観点でいうと、MicrosoftのAIは非常に相性がいいですね。特にM365 Copilotに関しては、「ログインしてから使うようにしてください」と徹底するだけで、TeamsやOfficeで普通にAIを安全に使うことができます。ほかの会話型AIチャットでは、セキュリティやガバナンスのリスクがあり、ここまで浸透できなかったと思います。
小林:苦労したことはありますか。
禹:M365 CopilotはOfficeに付随する会話型AIなので、「全員が自然に使い始めるはず」と思っていました。ところが導入して3カ月経ったあともユーザー率はまったく上がらず、5000ライセンスのうち1割くらいしか使われていないことがわかりました。そこでイネーブルメント※に本格的に取り組むことになり、DXプログラムの紹介を全社向けTownhallで説明したり、M365 Copilotの使い方について学べる動画を3〜5分にまとめてアップしたり、コミュニティを立ち上げイベントを実施したり、さまざまな施策を展開しました。
動画はいまも週1〜2本アップし続けています。4月にリリースされた、要件に合わせたビジネス分析を行う「Researcher」、データサイエンティストのようにデータからインサイトを発掘する「Analyst」のエージェントについても使い方をショート動画で解説し、社内でハンズオンイベントを開催しました。そのおかげで、社内コーポレート業務の従事者の98%がAIユーザーになっています。エンジニアの管理職、いわゆる課長職レベルでは85%ほどです。
※組織や個人の能力を最大限に引き出し、成果を向上させるための包括的な支援活動
小林:それは驚異的な浸透率ですね。当社と匹敵するほど浸透していると思います。
禹:コンプライアンスチームがExcelでマクロを組む時、「やり方がわからなくてもM365 Copilotに聞けばマクロの作り方を教えてくれる」と言っていましたからね。
小林:一人ひとりにExcelのプロが付いているようなものですし、指示をすれば思い通りにマクロを組んでもくれるので、本当に便利です。積み重ねれば、企業の競争力や成長スピードはまったく違ってくると思います。
現場にデジタル主導権を取り戻せば、企業全体のパフォーマンスは劇的に上がる
禹:今回の活動で実感したことがあります。大きな話になりますが、AXの実践はやはり組織文化を変えていかないといけないということです。AIを使うべき外発的動機としてKPIも設定しましたが、そうした外側からの働きかけではなく、組織内にAX変革を根付かせるには、やはり内発的動機をいかに醸成させるかがポイントだと感じました。
小林:私の部門でAIエージェントの活用を表彰するハッカソンを開催いたしました。優勝したのは管理・運営業務を担当する アドミニストレータチームで、社員から問い合わせが多いシステム上の困りごとについて、このエージェントに尋ねればSharePoint上にある解決マニュアルにパッと導いてくれるというものを開発したのです。チームメンバー全員がお世話になっていると思います。
伊佐:そうやってイノベーターやアーリーアダプターといった先陣を切ってくれる人たちが成功事例を共有すると、多数の社員が後に続いていって、現場からボトムアップ的にマインドチェンジが図られていきますよね。これを積み重ねることで、現場の方にAIやデジタルを活用する主導権が戻ってくると思います。まさにいま、AI活用が待ったなしのこの時期こそ、日本企業がデジタル主導権を取り戻すチャンスです。
小林:そう思います。冒頭でお話ししたとおり、AI活用は「いかに早く取り組むか」という局面に来ています。
AI導入の議論のなかで必ずといっていいほど出てくる話題に「AIが人の仕事を奪う」というものがありますが、AIは人員削減のツールではなく、人のパフォーマンスを拡張するものです。今後深刻な労働力不足が懸念されるなか、いまの労働人口で何十%もの生産性を上げようとすれば、その人たちの能力・生産性をいかに迅速に高められるかが勝負になります。経営者の方や変革をリードする方は、発想を「人員削減」ではなく、「いまの人数でどうやったら100%、200%の力を発揮できるか」という観点に切り替えて、AIを使い倒すつもりで取り組んでいただきたいと思います。

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